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四川大地震で変わるもの

2008年5月121428分、この日時を多くの中国人は忘れないでしょう。85年を経た現在でも、関東大震災発生日の9月1日は、防災の日として被害者への慰霊と共に戒めの意も込めた記念日となり、時間を超えて日本人の記憶に受け継がれているように思われます。恐らく、5月12日も、同様に中国人にとって特別な日になるのではないかと思っています。

5月12日のその時刻、私は移動中で、車に向かって歩きながら、突然の眩暈に体調の悪さを感じたのですが、実は1000キロ以上離れた四川の地震の揺れだったのです。そして、その後の災害状況報道は、「眩暈」以上に我々に重い衝撃を与え続けたのです。

関西大震災の時もそうだったと聞きましたが、四川大地震でも居ても立っても居られない若い人を中心にボランティアが現地や各地で目覚ましい動きを見せました。中国での社会への係わり方に何か新しい変化を予感させる動きだとも言えます。 
 また、通信が被災地域を完全にカバーするのには10日かかりましたが、一方でインターネットによる情報の流れは、玉石混交ながら相当に活発だったといえます。当局は地震を予知していたと言う「風説」も流れ、政府はデマを流し人心を惑わした者は、厳罰に処するとの方針を発表したほどです。
 当欄でも北京五輪の開会式は8月8日午後8時8分にスタートすることはお伝えしましたが、これは、8が発音から財をなす吉祥の数字との拘りからの「ゲン」担ぎと言うわけです。しかし、ネット上では125日の雪害、314日のチベット暴動、512日の四川大地震、これら月日の数字を足し算してみると、合計はすべて8となる、「 四川」という漢字の画数の合計はちょうど8になる、四川大地震が発生した512日は旧暦の“四月初八”に当たる等々、8は呪われた数字ではないかとちょっとした話題となっています。この騒ぎの最初の書き込みの通り「偶然の一致」なのですが、これが切掛けとなって「ゲン担ぎ」の風潮も変わって行くのかも知れません。
 変わったと言えば対日世論も大きく変わったように思います。初の外国からの災害救援隊が日本。到着したその時から、精力的に活動し、発掘した遺体への礼儀正しい黙祷の写真は、多くの中国人に深い感銘を与え、日中新時代を開くステップとなる予兆もあります。
 災害時にコールセンターが何か役に立てないかとも智恵を絞って見たのですが、安否確認声の伝言板、孤児と養親のマッチング、道路交通現地最新情報集積、救援物資やボランティア情報の整合化、メンタルヘルスとカウンセリング窓口等々は、太公網が乗り出すまでもなく、政府機関や関連公的機関が既に提供していました。結局は月並みに、社員と太公網で義捐金の拠出をしたのですが、これを機に遅まきながら基金や募金団体コールセンター受託にも手を染めましたが、そのニーズの意外な強さに驚きました。世の中は変わっているのですね。